スタッフを採用すると、給料やボーナスなどの人件費以外に、福利厚生やユニフォーム代、研修費など「人件費以外のお金」が増えます。それが全体の経営にどんな影響があるのか、全体のお金の流れを見て経営判断をします。

スタッフ1人採用したら、いくらの売上アップが必要か? 医院に利益をもたらすための必達売上目標とは?

じゃ、来週から来てください。それまでにあなたのユニフォームその他一式は揃えておくから」
「はい、わかりました。よろしくお願いします」

タカハシ院長は、面接者がおじぎをして院長室を出たのを確認すると、椅子にドカっと深く座り、大きく息をついた。新しく採用するスタッフが決まった。
仕事はこのところ順調で、スタッフの補充を急いでいた。今の人員でもやっていけないことはない。だが、毎日遅くまで残業させているこの状況を続けていては、誰かが病気にでもなったら医院はまわらなくなるだろう。今のうちにスタッフを補充して、余裕のある勤務体制を組んでいくことが急務だった。

「でもなぁ……」院長は腕を組みながら、つぶやいた。

「いまでも決して経済的にラクなわけじゃない。ここで一人スタッフを入れるとなると、今以上に売上をつくらなければ、いずれ立ち行かなくなるのは明らかだ。でも、スタッフ一人の増加でいくら売上が増えたら採算が合うのだろうか?単純に給料分、売上が増えればいいのか? それだったら話は簡単なのだが……」

漠然とした不安がぬぐえないまま、その日の夜は更けていった。

翌朝、院長は診療が始まる前に、コンサルタントの和仁に電話を入れた。
「昨日、スタッフの採用を決めました。当然固定費が増えるのですが、利益を今より減らすわけにはいきません。彼女の採用にともなって、売上はいくらアップする必要があるでしょうか?」

コンサルタントは院長に尋ね返した。
「直接増える固定費と同時に、それに伴って増える支出にも目を向ける必要があります。新しいスタッフの報酬は、給料とボーナスあわせて年間いくらですか?」

院長は電卓をたたいて答えた。
「ざっと300万円です。それだけ売上が増えればいい、というわけにはいかないでしょうね?」

「そうです。院長、よくわかっているじゃないですか」
コンサルタントは微笑みながら続けた。

「スタッフを採用すれば、当然その人が使うモノにもお金がかかります。ユニフォーム代、医院まで通う通勤費、電話代、備品や消耗品、研修に派遣した場合の教育費、忘年会や懇親会などを行うならば福利厚生費……といった具合です。きわめて大雑把に言うと、人件費の30%程度は『人件費以外の固定費』が増えると思っておいたほうがいいでしょう」

「たしかにそうかも知れません。ということは、390万円の固定費がかかるのか」
「ええ。そしてその固定費は「売上」じゃなく「粗利」でまかなわれる必要があります。ですから材料代や外注技工料といった変動費まで考慮すると、売上はもっと必要ですよ」

「あ、そうか。ウチの医院は粗利率が80%だから、390万円÷0.8=年間487万5千円、月々41万円ほどの売上アップが必要になるわけですね」


コンサルタントは続けた。
「そうですね。月41万円ということは、タカハシ歯科の保険診療の平均患者単価は6千円なので、1ヶ月22日診療日として、1日3人の増加が見込めるか、という感じです。あるいは、自費診療なら3万円ですから、1〜2日に1人分の自費診療の増加に相当しますね」

その数字を聞いた瞬間、院長の表情に笑顔が戻った。
「そうか!自費診療はともかくとして、保険診療で1日3人程度なら、アポイントを前倒しで入れたり、無断キャンセルの予防でハガキや電話でフォロ—することで十分可能な範囲内です」

コンサルタントもうなずきながら続けた。
「それにスタッフが増えれば、院長がかねてからやりたいと言っていたように、初診の患者さんに医院のスタンスをしっかりと説明する時間も確保できて、自費率もアップしていくのではないでしょうか?スタッフの勤務時間も余裕ができることで、今までより勉強に時間を割くこともできるできるでしょうしね」

院長は今のタイミングで採用した判断に間違いがなかったことを確信し、気持ちが前向きになっていくのを感じ取っていた。

今回のレッスン

スタッフを雇ったときにかかるコストは、給料・ボーナスだけではない。その他の固定費も考慮して、 人件費プラス30%の固定費がかかる前提で見通しを立てておこう。