がんばっているスタッフさんから「給料を上げてほしい」という相談を受けたら、あなたはどのような基準で判断しますか? 成果に応じた給料やボーナスの支払い方法について、報酬の仕組みを考えてみます。
その成果配分は、本当にスタッフが喜ぶのか? スタッフのモチベーションって何?

「院長、ちょっとお話しがあるんですけど」
午前の診療が終わり、院長室に戻ろうとしたアンドウ院長を、ベテラン衛生士のイトウが呼び止めた。
なにやら下を向いて口ごもって要領を得なかったが、よくよく話を聞いてみると、どうやら「給料が働きに見合っていないのではないか」という訴えだった。
確かにここ数年、スタッフが2年未満で入れ替わりがある中、彼女はベテランとして後輩を育て、医院を支えてくれていた。また、最近は定期メンテナンスに来院する患者さんの対応も、自分が口を出さなくてもきっちりやってくれている。
にも関わらず、給料は年功序列型のまま。勤続年数が短いスタッフが多かったこともあり、給料の要求を口にするスタッフはこれまでいなかった。そのぶん、「子どもが風邪を引いたから休ませてください」などの家庭の事情には最大限応えてきたつもりだった。
(そろそろ、報酬の仕組みも考え直すタイミングかな……)
イトウさんに「一度、よく考えてみるよ」と伝えると、ほっとした表情でペコっとお辞儀をして早足にかけていった。
お金の話は思った以上にエネルギーを消耗するものだ。一人で考えると堂々巡りしそうだったため、経営コンサルタントに相談することにした。院長室に入り、スマホに手を伸ばす。
「あ、和仁さんですか。スタッフの給与制度について、ちょっと検討しているのですが」
アンドウ院長がしゃべりきらないうちに、彼は切り出してきた。
「がんばっている衛生士に対して、成果に応じた給料やボーナスを払ってあげたいということでしょうか?」
「そ、そうです。よくわかりましたね」
「最近、多くの院長からそのような相談をよく受けるんです。『がんばってもがんばらなくても、給料が同じでは“正直者が馬鹿を見る”みたいな感じがする。このままだと、みんな不満で辞めてしまうのではないか』と。でもね、よく考えないといけないことが1つあります」

「というと?」
咳払いを1つして、コンサルタントは続けた。「スタッフのモチベーションは、本当にお金か? ということです。スタッフのモチベーションを、ひとりひとり、よく思い浮かべてみてください。もちろん、中には給料を増やして欲しい人もいるでしょう。でも、みんなそうでしょうか?」
スタッフ名簿を眺めながら、一人ずつ顔を思い浮かべてみた。イトウさんは「お金」と明快に口にしたが、全員そうだろうか? そうでもなさそうだ。休みが欲しい人、技術を身につけたい人、ねぎらいの言葉が欲しい人、さまざまだと気がついた。しばらくの沈黙の後、アンドウ院長は答えた。
「確かにお金だけじゃなさそうです。そこは、ひとまとめにしない方が良さそうですね。ただ、中にはドクターに依存しないで、担当を持って定期メンテナンスをしている衛生士もいます。彼女には、メンテ担当の患者数が増えた分、給料か賞与を増やしてあげたいです」
「なるほど。では、お尋ねしますが、院長はその人にいくら出してあげたいですか?」
思わず言葉に詰まった。「いくら出してあげたいか?」という視点はなかった。
「世間相場でいくらぐらい出さなきゃいけないか?」という視点しかなかった。
今はイトウさんには月25万円を払っているが、今後の活躍次第では、感覚的にはあと5万円ぐらいは払ってあげても良さそうな気がする。そのことを伝えると、コンサルタントはさらに質問を続けてきた。
「イトウさんは、月に何人、メンテナンスを一人で担当していますか?」
「今は月に延べ60人ぐらいですが、理想的には100人以上目指して欲しいと思っています。1回のメンテナンスで患者さんから1万円を受け取っているので、その5%、メンテナンス1人あたり@500円を歩合で支払うのはどうかな、と考えているのですが」
「そうすると、100人に到達したときに、スタッフは5万円の歩合給料がもらえるわけですね。院長の医院の収益構造なら、メンテナンス患者が今後増えていって、1万円の5%、500円をスタッフに還元することは、採算的には0Kです。ただ、それをそのままやると、落とし穴があります」

「落とし穴?」
思わず聞き返すと、彼はひと言。
「イトウさんだけに成果報酬を出したとき、受付や助手など他のスタッフのモチベーションは下がりませんか?」
盲点だった。確かに、助手は「衛生士と違って、自分には給料が増える見込みはないのか?」と落胆するかもしれない。受付は「私もアポイントを取ったり電話で来院を促したりサポートしているのに、その貢献は評価されないのか?」と不満を持ちそうだ。
そもそも、定期メンテナンスに来院してもらうには、スタッフ全体の協力があってこそ。直接、患者さんと接している衛生士だけを評価すること自体、十分とは言えない気がしてきた。僕の心情を見透かしたかのように、彼は続けた。
「衛生士1人だけではなく、受付や助手など、見えないところでサポートしている人たちにも分配する仕組みにしてはどうですか?」
そうか!1人あたり500円を分配するとして、そのうち50%の250円を衛生士、30%の150円を受付、20%の100円を助手に分配する。その配分はもう少し考えてみるとして、みんなが喜ぶ形がとれたほうが、院内の空気もギクシャクしないで済みそうだ。
「そうですね。なんだか見えてきました。この線で考えてみます」
受話器を置くと、僕は紙とペンを手に、うちの医院にあったスタッフへの還冗の仕方について考え始めた。
今回のレッスン
・スタッフは何をやりがいに働いているのだろうか?スタッフの本当のモチベーションをよく考えてみよう。
・成果を分配するときは、周りへの影響をよく考えよう。納得感を大切にする。