開業歯科医院を経営されていると、税理士や知人から「そろそろ医療法人化を検討した方がいいのでは」という声をかけられることがあります。
しかし、多くの院長先生は「医療法人化は、手続きが煩雑で時間がかかるし、本当に必要なのか判断がつかない」という漠然とした不安を感じたまま、その判断を先延ばしにしているのではないでしょうか。
実は、医療法人化の判断を誤ると、本来なら手元に残せたはずの資金を失ってしまう可能性があるのです。

目次
1)「医療法人化は大きな決断」だけで終わっていませんか?
2)年間所得が1,800万円を超えた時点で立ち止まるべき理由
3)機器の償却期間という”隠れた転機”
4)事業拡大を視野に入れた選択肢

1)「医療法人化は大きな決断」だけで終わっていませんか?

医療法人化について考える際に、多くの院長先生が陥りがちなのは、「難しい手続き」「時間がかかる」という表面的な課題ばかりに目が向いてしまうということです。
確かに、医療法人設立には都道府県知事の厳格な審査が必要で、事前審査から開設までに6~9ヶ月という時間がかかります。また、年に2回しか申請のタイミングがないという制約もあります。
しかし、院長先生が本来考えるべきなのは、「なぜ医療法人化が必要なのか」という根本的な理由です。
それは、税負担の軽減事業資産の最適化という2つの視点に集約されます。
個人事業主として経営している間は、事業所得に対して最大45%の所得税が課税されます。一方、医療法人化すると法人税の税率は、年800万円以下の部分で15%、800万円超で23.2%となります。
この差は、経営規模が大きくなるほど、年間数百万円単位の税金差になるのです。
さらに、多くの院長先生が見落としているのは、医療法人化が単なる「節税対策」ではなく、「事業継承」「融資の受けやすさ」「スタッフ採用の有利性」という経営基盤全体を強化する選択肢だということです。

2)年間所得が1,800万円を超えた時点で立ち止まるべき理由

では、具体的にいつが医療法人化を検討すべきタイミングなのか。
1つの明確な指標として、年間事業所得が1,800万円を超えたときが挙げられます。
年間所得が1,800万円の場合を試算してみましょう。
個人クリニックで年間事業所得1,800万円がある場合、所得税率は40%が適用されます。これに個人住民税(10%)と個人事業税(5%)を加えると、合計で約668万円の税負担になります。
一方、医療法人化して役員報酬として1,800万円を受け取る場合はどうか。給与所得控除が195万円引かれるため、課税対象額は1,605万円に減ります。この場合の所得税率は33%となり、住民税を含めても合計で約536万円の税負担に減少します。
この差額は約132万円。つまり、医療法人化することで年間100万円以上の追加資金が手元に残る可能性があるということです。
ところが、多くの院長先生は、この税負担の削減可能性に気づかないまま、個人事業主として営み続けています。
「もう少し売上が増えてから」「今は経営が安定してから」という先延ばしの判断が、実は毎年数百万円の機会損失を生み出しているのです。

3)機器の償却期間という”隠れた転機”

もう1つ、見落としがちな医療法人化を検討すべきタイミングがあります。それが、開業から7年目を迎えるときです。
開業時に導入した医療機器は、通常、償却期間が6年と定められています。
たとえば、開業時に2,400万円の医療機器を購入していた場合、毎年400万円を減価償却費として経費計上できていました。この減価償却費のおかげで、実際の利益より低い課税所得を計算できていたのです。
ところが、7年目に入ると、この減価償却費がゼロになります。
すると、経費が大幅に減少し、同じ売上でも課税対象額が跳ね上がります。その結果、急に税負担が重くなるという現象が起きるのです。
実は、この「7年目のタイミング」こそが、医療法人化の効果を最大限に発揮できるタイミングなのです。
減価償却費が消えることで発生する追加的な税負担を、医療法人化による税率低下でカバーできるからです。
このタイミングを逃して、さらに1年、2年と個人事業主のままでいると、本来は避けられた多額の税金を支払い続けることになってしまいます。

4)事業拡大を視野に入れた選択肢

医療法人化を検討すべき3つ目のタイミングは、事業拡大を視野に入れたときです。
個人事業主として経営している歯科医院は、法律上、1ヶ所のみと定められています。分院展開を考えている場合は、医療法人化が必須条件になるのです。
さらに、医療法人化すると、本来業務である診療所経営に加えて、介護事業、歯科技工所、歯科衛生士の養成施設など、付帯業務を展開することも可能になります。
つまり、医療法人化は単なる「税金対策」ではなく、事業を拡大・発展させるための経営構造へのシフトなのです。
また、医療法人化には別のメリットもあります。
金融機関からの融資を受けやすくなります。医療法人の設立には都道府県知事からの厳格な審査が必要であり、個人資産と法人資産の明確な分離が求められるため、社会的信用性が向上するのです。
さらに、優秀な人材を採用しやすくなるという人事面でのメリットもあります。事業拡大の可能性が見える医療法人の方が、スタッフのキャリアパスも明確になり、質の高い人材が集まりやすいのです。

今回のレッスン

医療法人化は「難しい手続きだから後回しにしよう」という判断ではなく、「いつ医療法人化するか」という経営タイミングの判断が最重要です。
年間所得が1,800万円を超えている、機器の償却期間が終わろうとしている、事業拡大を考えている――こうした転機を見逃さず、キャッシュフローコーチなどのコンサルタントに相談して医療法人化のシミュレーションを実施することが大切です。
その過程で初めて、医療法人化が「単なる手続き」ではなく、「事業資産を最適化し、経営基盤を強化する戦略的選択肢」であることに気づけるのです。

矢野 誠

やの まこと

矢野コンサルティング代表/中小企業診断士、医療経営士、クリニック経営士

自身の20年間の医療業界経験をもとに、医療従事者の親族の視点も加えながら、クリニック専門の経営参謀として「利益向上と採用定着の両立」を支援しています。理念づくり、人事制度、業務フロー改善、財務改善、集患支援、出口(承継やM&A)戦略などを一気通貫でサポートし、院長が診療に専念できる仕組みを構築いたします。クレジットカードを持ちいた0円ファーストクラス海外旅行提案や福利厚生戦略には定評がある。

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